意匠判例紹介
~出願人が審査・審判段階での主張を、審決取消訴訟において変更することが、
禁反言に当たり許されないとはいえないと判断された事例~
令和3年(行ケ)第10067号 審決取消請求事件
原告:ポータル インストルメンツ,インク
被告:特許庁長官
【請求認容(拒絶審決取消)】
■ポイント
出願人が審査・審判段階での主張を審決取消訴訟において変更することは、ある一定程度は許される。ただし、個々の事例において慎重に判断されるべきと考えられる。
1.手続の経緯
令和元年8月2日 | 意匠登録出願(意願2019-017357) |
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令和2年4月20日 | 拒絶査定 |
令和2年8月12日 | 原告が拒絶査定不服請求(不服2020-11187号) |
令和3年1月6日 | 請求棄却審決 |
原告が審決取消訴訟を提起 |
2.手続の経緯
本件審決は,本願意匠と引用意匠(韓国の登録意匠・登録番号30-0309501の注射器の意匠の中に記載された注射器用シリンジの意匠)は,いずれも医療用注射器の外筒の用途及び機能を有するものであるから物品が同一であり,形態も類似するから,意匠法3条1項3号に該当し,意匠登録を受けることができないと判断した。
3.原告と被告の主張
原告は,審査経過及び審判において,本願意匠と引用意匠は物品が共通すると主張していたが,本訴に至り初めて,本願意匠の物品は「自動注射器等の内部に挿入される,交換可能な薬液容器」であり,引用意匠の物品(注射器用シリンジ)とは異なると主張した。これに対し,被告(特許庁)は,原告が審判段階までの主張とは異なる主張をすることは禁反言により許されないと主張した。
4.裁判所の判断
本判決は,次のとおり判断して,本件審決を取り消した。
(1) 意匠登録出願についての拒絶理由の存否は,審査官が職権により判断すべきものであって(令和元年改正前意匠法17条),出願人が審査段階又は審判段階において述べたことについて自白の拘束力が働くものではない上,権利行使の当否ではなく権利設定の適否が問題となる審決取消訴訟である本件において,被告は行政庁として対応しているものであって,本願意匠の意匠に係る物品につき,査定及び審判の各段階における原告の主張が本訴における主張と異なるものであったことにより被告の利益が不当に害されるとの関係もないことからすると,本件意見書や本件審判請求書における原告の主張をもって,禁反言の法理の適用などによって原告が本訴において本件審決以前にしていた主張と異なる主張をすることが許されないとまでいうことはできない。
さらに,審決取消訴訟の審理対象は,当該審決の判断の違法であり,その範囲は当該審判手続において具体的に争われた拒絶理由に限定されるものであるから(最高裁判所昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁参照),各当事者は,審判手続において具体的に争われていない拒絶理由を主張することは許されないものの,審判手続において具体的に争われた拒絶理由に係る判断の当否に係る主張やそれを裏付ける証拠の提出についてまで制限を受けるものではない。そして,原告の,本願意匠の意匠に係る物品が「自動注射器等の内部に挿入される,交換可能な薬液溶液」であり,引用意匠に係る物品である「注射器用シリンジ」とは異なる旨の主張は,本件の審判手続について争われた拒絶理由である「引用意匠との類似」に関する主張であって,審理対象に含まれない事項に係るものではないから,この観点からも原告の主張を制限する理由はない。
(2) 出願人である原告が,注射器を意味する「インジェクター」のみにとどめず,あえて「インジェクターカートリッジ」としたものであることを併せ考慮すると,「インジェクターカートリッジ」は,「注射器用のカートリッジ」を意味すると認めるのが相当である。そして,「カートリッジ」は,辞書・他の特許公報の記載からすると,交換用の液体・ガスなどを充填した小容器を意味するものと推測される。したがって,「インジェクターカートリッジ」は,「注射器用の交換可能な液体・ガスなどを充填した小容器」を意味すると認めるのが相当である。
(3) 引用意匠に係る物品は,注射器用外筒の用途及び機能を有するものと認められる。
(4) したがって,本願意匠と引用意匠は物品が共通しないので,本件審決の本願意匠に係る物品の認定及び本願意匠と引用意匠の同一性の認定には誤りがあるから,取消事由1(本願意匠に係る物品の認定及び本願意匠と引用意匠の物品の同一性(類似性)の認定の誤り)には理由がある。
5.コメント
原告は、審判段階までは本願意匠と引用意匠とで物品が類似すると主張していたが、裁判に至って初めて物品非類似を主張した。これに対して、被告(特許庁)は「(原告の本訴における当該主張は)禁反言により許されない」と主張したが、知財高裁は、禁反言の法理の適用などによって原告の当該主張が許されないとまでいえないと判断した事例である。
「禁反言」は、一般的に、出願経過において主張した内容と矛盾する内容の主張を“侵害訴訟の場面”で行うことは許されないという原則である。したがって、侵害訴訟ではない本件においては、知財高裁の判断は妥当なものと考えられる。しかしながら、物品類似の前提で審理が行われて審決がなされている以上、本訴で初めて原告が物品非類似の主張をすることは、被告にとっては少なからず不意打ちとなるであろう。出願人が審査・審判段階での主張を審決取消訴訟において変更することが許されるかどうかについては、個々の事例において慎重に判断されるべきと考える。
なお、判決後は差し戻されて再度審理を行うことになる。差し戻された審判において、物品非類似の判断については拘束力が生じるが、創作容易との判断がなされる可能性がある。今後の動向に注視したい。
(2022/06/27 執筆者:太田清子)