特許判例紹介
~複数存在する周知技術の中から効果の相反する周知技術を
あえて組み合わせることが容易想到ではなかったとして、
進歩性が肯定された事例~
令和4年(行ケ)第10064号 審決取消請求事件
原告:共和薬品工業株式会社・日医工株式会社
被告:協和キリン株式会社(商標権者)
【請求棄却(特許維持)】
■ポイント
複数存在する周知技術の中から効果の相反する周知技術をあえて組み合わせることが容易想到ではなかったとして、進歩性が肯定された事例。
1.経緯
平成15年5月9日 | 特許出願(優先日) |
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平成16年5月7日 | 国際出願、日本国出願:特願2005-506044号 |
平成22年10月15日 | 設定登録 |
令和2年10月12日 | 原告が無効審判請求(無効2020-800100号) |
令和4年6月7日 | 請求棄却審決(特許維持審決) |
令和4年6月29日 | 原告が審決取消訴訟を提起 |
2.本発明について
【請求項1】
0.5~20μmの平均粒径を有し、結晶化度が40%以上である
【化1】
(省略)
で表される(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオンの結晶。
(参考)パーキンソン病治療剤「ノウリアスト」(一般名:イストラデフィリン)の微細結晶に関する特許
作用機序:脳内(線条体及び淡蒼球)のアデノシンA2A受容体を遮断することにより、パーキンソン病の症状である手足のふるえ、筋肉が硬くなる、動作緩慢、歩行障害などを緩和
効能又は効果:レボドパ含有製剤で治療中のパーキンソン病におけるウェアリングオフ現象の改善
ウェアリングオフ現象:作用時間の短いL-dopaの効果が切れて、薬効のあるOnと薬効のないOffの時間が出現する現象(難病情報センターHPより)。
3.本件審決の理由の要旨(進歩性があるとの判断)
主引例:甲1(特開平6-211856号公報)
<本件発明と甲1発明の対比>
(一致点)両者は、「化合物1の結晶」という点で一致する
(相違点1)本件発明1は、平均粒径が0.5~20μmの微細結晶であると特定しているのに対して、甲1結晶発明は、平均粒径及び微細結晶であることの特定がない点
(相違点2)本件発明1は、結晶化度が40%以上であると特定しているのに対して、甲1結晶発明は、結晶化度の特定がない点
甲1において、化合物1の溶解性、安定性、バイオアベイラビリティ、医薬製剤中の分散性等の向上といった課題は見いだせず、甲1には、化合物1の結晶の粒径の記載もないため、化合物1の結晶の粒径の検討に至る動機付けはない。また、甲1には、結晶化度についての記載も示唆もないことから、化合物1の結晶を、結晶化度が40%以上かつ0.5~20μmであるものとする動機付けは見いだせない。
したがって、本件発明1は、甲1またはその他の文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
4.原告の主張(進歩性がないとの主張)
医薬の分野において、薬剤のバイオアベイラビリティを向上させること及び水難溶性薬剤の溶解性を向上させることは、本件優先日当時の当業者にとって自明の課題であり、これらの解決手段として、粒径を所望の大きさにまで小さくすることは、本件優先日当時の当業者にとって周知の技術事項であった。したがって、甲1に接した本件優先日当時の当業者は、甲1結晶発明が薬剤のバイオアベイラビリティ及び溶解性を向上させるという自明の課題を有していることを認識し、これらの課題を解決するため、甲1結晶発明に、化合物1の粒径を所望の大きさにまで小さくするとの周知の技術事項を適用することを当然に動機付けられる。
また、医薬の分野において、薬剤の安定性(光安定性)が良好な方が望ましいというのは、自明の課題であり、また、結晶化度が高い方が安定性(光安定性)が良好になることは、周知の技術事項にすぎない。したがって、甲1結晶発明に接した本件優先日当時の当業者は、薬剤の安定性(光安定性)を良好にするという自明の課題を認識し、当該課題を解決するため、甲1結晶発明に、化合物1の結晶化度を一定の数値以上に維持するとの周知の技術事項を適用することを当然に動機付けられる。
5.被告の主張(進歩性があるとの主張)
甲1には、化合物1の結晶の粒径について何らの記載もなく、また、化合物1の結晶の水に対する溶解性についても全く記載がないから、甲1結晶発明からは、溶解性、安定性、バイオアベイラビリティ、分散性等の向上といった課題は見いだせず、化合物1の結晶の粒径について検討しようとする動機付けはない。医薬の分野において、薬剤のバイオアベイラビリティを向上させること及び水難溶性薬剤の溶解性を向上させるための解決手段として、粒径を所望の大きさにまで小さくすることは本件優先日当時の当業者にとって周知の技術事項であったとしても、複数存在する周知の技術事項の中から特に粒径を小さくするという手段を選択して化合物1に適用する動機付けがあったといはいえない。
また、甲1には、化合物1の結晶の結晶化度について何らの記載もなく、また、化合物1の結晶の安定性についても全く記載がないから、甲1からは、化合物1の結晶につき、結晶化度を40%以上とし、かつ、平均粒径を0.5~20μmとする動機付けは見いだせない。甲7には、薬物の化学的安定性を向上させるために複数の手段が適用され得る旨の教示があり、他方、甲61には、難溶性医薬品については結晶化度を低くすることも検討すべきである旨の記載がある。したがって、本件優先日当時の当業者には、薬物の安定性を向上させるための複数の選択肢の中から特に結晶化度を高くするとの手段を選択し、これを甲1結晶発明に適用する動機付けがない。
6.裁判所の判断(進歩性があるとの判断)
経口投与される水難溶性の薬物において、薬物の吸収性及びバイオアベイラビリティを向上させるため、その溶解性を高めること、また、薬物の安定性を高めることは、本件優先日当時の当業者にとって、自明の課題であった。甲1結晶発明に接した本件優先日当時の当業者は、甲1結晶発明(化合物1の結晶)溶解性を高めるとの課題、また、その安定性を高めるとの課題を認識していたと認められる。
甲4等によると、経口投与される水難溶性の薬物の溶解性を高める方法として、ハンマーミル、ボールミル、ジェットミル等を利用した粉砕等により結晶の粒子径を小さくすること、結晶形を不安定型又は準安定型に変えること、結晶の結晶化度を低下させることなどは、本件優先日当時の周知技術であったと認められる。
また、甲7等によると、薬物の安定性を高める方法として、結晶の結晶化度を高めること、遮光、湿気の遮断等を目的として薬剤に保護コーティングを形成すること、遮光を目的として遮光剤(酸化チタン)を含むコート液をコーティングすることなどは、本件優先日当時の周知技術であったと認められる。
甲5等によると、本件優先日当時、非晶質の薬物の方が一般に溶解性が高いとの技術常識が存在し、そのため、水難溶性の薬物の溶解性を改善するとの目的で、かえって結晶化度を低くすることが一般に行われていたものと認められるところ、本件優先日当時、経口投与される水難溶性の薬物の溶解性を高めるための周知技術として、結晶の粒子径を小さくすること以外の方法も存在し、また、薬物の安定性を高めるための周知技術として、結晶の結晶化度を高めること以外の方法も存在していたのであるから、化合物1の溶解性及び安定性を高めるとの課題を認識していた本件優先日当時の当業者において、化合物1の溶解性を追求するとの観点から、経口投与される水難溶性の薬物の溶解性を高めるための周知技術(結晶の粒子径を小さくするとの周知技術)を採用し、かつ、化合物1の安定性を追求するとの観点から、薬物の溶解性を低下させる結果となり得る周知技術(結晶の結晶化度を大きくするとの周知技術)をあえて採用することが容易に想到されない。
7.コメント
薬物の溶解性を高めるための手段が複数存在し、薬物の安定性を高めるための手段も複数存在する中で、本件発明においては、溶解性を高めるために「結晶の粒子径を小さくする」手段を採用し、かつ、安定性を高めるために「結晶化度を高める」手段を採用した。化合物1のような水難溶性の薬物は結晶化度が低いほうが溶解性が高いとの技術常識が存在しており、「結晶化度を高める」ことは、安定性にはプラスに働く一方で、溶解性にはマイナスに働く、という相反する作用をはらむものであった。そのような中「結晶の粒子径を小さくする」手段に加えて、あえて(溶解性を低下させる可能性がある)「結晶化度を高める」手段を採用した点において容易想到ではないとの判断がなされた。
実務においては、周知技術である事項を発明の構成要件として採用した場合は、当該事項を選択することの困難性(例えば、上記のように、複数の効果を奏する場合に、一の効果においては不利な影響を及ぼす等)を主張できるように準備しておく必要があると考える。
以上
(2023/10/26 執筆者:太田清子)